■きもの
重要無形文化財に指定されている本場結城紬です。 各工程の重要無形の技術保持者の方々の、手仕事による作業のリレーによって作 られます。 工程と簡単に言っても、糸とり、絣括り、染め、織りと本当にたくさんの工程を経て、この素晴
らしい結城紬は生まれています。 だからこそ、あたたかみのある、「着る」というよりも「まとう」という言葉の方が似合う様な
、真綿に包まれる独特の嬉しい感触が人々を魅了しているのだと思います。
■地機(じばた)織り本場結城の色無地のすばらしさ
1)最高の紬 昔から、本場結城紬は、紬の中では最 高の格の紬だと言われ愛されています。 そのために偽者も多い世界ですが、信 頼できる腕の高い織り手が織ります。 2)重要無形文化財の紬 最高の紬の理由は、国から結城紬の技について重要無形の認定を 受けているからでもあります。 昭和31年に国の重要無形文化財に指定されました。 この紬も、重要無形の証書が付きます。
3)真綿糸の紬 本場結城紬は、真綿糸を使っているので、とても暖かいと言われます。 糸に撚りがかかっていないので、糸に空気を多く含みますから 大変暖かいのです。 また、着こなしたり、水をくぐるらせるほど風合いが良くなり 体になじみます。 重要無形文化財に指定された3つの技術の内の1つである 真綿から手で糸をつむぎ出す技術を使った良質の真綿紬の着心地は最高です。
4)とても少ない地機 高機(たかはた)と呼ばれる一般的な手織の結城もありますが この結城紬は、「地機=居座機(いざりばた)」と呼ばれる機(はたおりき)で 織ります。 腰の力で縦糸の張り具合を調節しながら、上糸と下糸の間に杼(ひ)と呼ばれる道具で 左右から横糸を通し、筬(おさ)で打ち込んでから、さらに杼を使って力強く横糸を打ち 込みます。すべての工程を手作業で行ないます。
地機を織ることはとても大変で、織り手がとても少なく、地機の色無地は ほとんど有りません。 高機に比べて弾力性が有り、体に良く馴染む地機の着心地をお楽しみ下さい。
■帯
●吉野間道グレーブルー(九寸名古屋帯)
凛として都会的な吉野間道は、 江戸時代のこの織り方を女子美術大学学長柳悦孝 (やなぎよしたか=柳宗悦の甥)たちが復元したものです。 その技術を継承し伝承されている藤山千春先生の作品です。
藤山千春先生は、草木染めの様々な色彩の線が織りなす 吉野間道の縞織物を今を生きる現代の着物、帯柄として無限の可 能性に挑戦しています。 この作品も、縦緯の両方の糸の交錯の仕方によって作り出された 透いた部分と目の詰まった平織りの部分を交互に 織り出すことで、美しい草木の色彩と間道の組織が見事に調和させています。
間道と呼ばれる裂地は、いろいろの字を用いていますが、いずれもあて字で、縞織物、格子織物
の裂を間道と呼んでいます。 それらの織物をなぜ『かんとう』と呼ぶのかについてはいろいろの説がありますが、はっきりし
た根拠はわかりません。 縞(格子)織物の新鮮な感覚が 千利休・今井宗薫・古田織部らの茶人に迎えられたためか、早
くから名器の袋裂に用いられました。 吉野間道は、寛永三名妓とうたわれた吉野太夫に、京都の豪商灰屋紹益が贈ったと言われる織物
で、浮織縞を真田風に打ち込む独特な風合いを持ちます。 かの名茶人松平不昧もこれを好み、自らその写しを中国に注文したと伝えられています。
吉野間道はたて糸を2本使って織られています。 通常はたて糸1本 よこ糸1本を使って織っていきますがたてに太い糸1本と細い糸1本の2種
類を使います。 その交差する状態が柄になっているのです。 太い糸と細い糸を巧みに使い分ける作家 藤山千春先生の腕の良さも現代の吉野間道の重要なポ
イントです。 江戸時代に生まれたこの織り方を女子美術大学学長柳悦孝(やなぎよしたか=柳宗悦の甥)たち
が復元しました。 藤山千春先生は柳悦孝先生に厳しく指導を受け、一番弟子として 完成度の高い作品を作り続けていらっしゃいます。 藤山千春先生だからこそ、この吉野間道が出来ていると言えるでしょう。 |