牛首紬と私の出会い

(仕事のスタート)
私が大学を卒業した年は、第2次オイルショックの直後で、就職難の年でした。
2年前までの先輩達が、当時名門と言われた大手商社や都銀、損保へと就職していったのは
嘘のように、特に4年生大卒の女性への求人はほとんどありませんでした。

(秘書)
そんな状態の中で、たまたま求人ボードの中に見つけた「秘書募集」の張り紙に応募しました。
面接に行って見ると、そこは私の出身校の教授、野田一夫先生が理事長として設立運営して
いた財団法人の研究所でした。
野田教授は、米国の経営学者ドラッカーを日本に紹介し、その後多摩大学、宮城大学の学長を
歴任なさった経営学者で、華やかな人脈から財界人や学者・有名人が沢山出入りしていました。
私はその理事長の4人いる秘書の一番下っ端として入社したのです。
若さもあって、楽しい毎日でした。

(このままでいいのか?)
その後、大手化学会社の関連企業に社長秘書として転出しました。
その社長は、10社近い会社の経営に関わる大物で、政財界・芸能界の方々が出入りしていました。
その方々とのアポ調整が私の役目でした。
ここで35歳を迎え、それはちょうど多くの女性が「このままでいいのか?」と悩む年齢でもあったのです。
穏やかで恵まれた日々を過ごしていた私でしたが、何かもっとのめり込める物、鍛えるべき自分があるのではないかと思っていました。
そして
今ならまだ鍛えなおしができる、という思いがありました。

それまで長年秘書を続ける過程で、秘書とは何かと考え、秘書検定をとってたりしました。
こんなに長くやり続けるからには、適正がある仕事なんだろうと思うけれど、どこかに残る不完全燃焼感や、秘書になりきれない自分を感じていました。

そんな時、ある役員が「ある製薬会社が社長秘書を捜しているけど、誰かいない?」と言ってきました。
つい私は、「私ではいかがですか?」と言ってしまいました。
  
(会社好き人間)
その会社は、毎日、株式新聞で取り上げられている伸び盛りの製薬企業でした。
新たに秘書体制を敷きたいので、その構築をして欲しいという事でした。
新しい職場は、働き甲斐がありました。
高い理念、優秀な経営陣、若い社員達、私はゴールデンウィークになると、3日目から会社に行きたくなってしまうほどの会社好き人間でした。絶対定年まで働きますと公言していました。
社長との関係大変良かったのです。

そして9年後、社長が交替しました。
それまで常務だった方が新社長に就任したのですが、どうも意思の疎通が上手く行きません。
社長と秘書の関係がぎくしゃくしていては、仕事は勤まりません。
私は退職することにしました。
だけど、なぜこんなに大好きだった会社を辞める事になったのかは、自分でもとても不思議でした。

(自分探し)
私は、もう秘書ではない仕事をしたいと思い、他の仕事を探しました。
でも
秘書以外に社会的に認められる力を何も持っていないと思い知らされました。
私に何ができるのか?は、大きな課題でした。
私は、この答えを出すために、自分探しを始めました。

右脳開発、瞑想、イメージトレーニング、過去生、読書など、色んな手段で自分との対話を
繰り返しました。
「私の天職は何?」「私は何をしたいの?」と自分自身から答えが返って来るまで問い続けました。
そして段々に、宇宙の法則が分かってきました。

未知の力を追求することで私自身のエネルギーも強まり、危篤状態の義母の病気を治したことが本に掲載されたり、
未来を少し予測できたりするようになりました。

(牛首紬との出会い)
そんな時、牛首紬との出会いがありました。
ある催事場で出会った、初めて見る美しい布でした。
柄や色で演出しない、 自然な、ありのままの素顔でいるのに、最高に輝き品格に満ちている。
そんな力強い布でした。
工程や歴史の素晴らしさよりも、ここにあるこの布の存在感
がすばらしいと思いました。


不思議な出会いでした。
草木染めだということや、釘抜き紬と言われるほどの
丈夫さがあるというのは
後から知ったことです。

(私がしたいこと)
今となってみれば、全ての道がきもの人に通じていたように思います。
企業人としての道に大きな力が加わって進路を切り替えたこと、
模索の段階で、気の力や宇宙の法則の存在を知って、徐々に使いこなせるようになっていること
それが大きなパワーを私と周囲に及ぼしていること。
進路は善なる明るい道であると分かっていること。
牛首紬との出会いは、単なる商材との出会いではなく、
強い生命エネルギーを持った牛首紬が私を使って、行っていると漠然と感じることなどです。

そして私がしたいことは、牛首紬と私のエネルギーで、多くの喜びや幸せを作り出したいということ。
それが私が最高にわくわく生きる道であるからです。
牛首紬1反は、人1人の歴史よりもずっと長く生き、人間模様を見学しながら更に生き続けると思います。
生命力のある紬に出会えて幸せです。


牛首紬と関係がある小説や祭など

  直木賞作家 高橋 治の小説 「紺青の鈴」、風の盆恋歌

◆小説「風の盆恋歌」の舞台となった
  富山県八尾町の越中おわら風の盆

◆風の盆に魅せられた
 なかにし礼氏が作詞した
 石川さゆりさんの歌「風の盆恋歌」

遊月山荘で開催される各種催事 


みなさまのお役に立ち、楽しんでいただけるサイトになるよう、日々努力を続けて参ります。
ご意見、ご要望、感想など何なりとお寄せ下さい。心からお待ちしています。

女将にメール
okami@kimono-bito.com
Name
Mail

トップページへご注文の流れへ┃ 商品へ┃価格についてのご説明へ
牛首紬物語へ きもの美人へきもの彩々へ想いへコーディネートへ

 

女将が選んだきものを通して、素敵な生き方のお手伝い

〒336-0934 浦和市大谷口5612−2

tel:048−884−2254

fax:048−884−2180
 e-mail:okami@kimono-bito