【工房訪問】
「一度、遊びにいらっしゃい!」という先生のお誘いを受けて、ある夏の日、私は十日町に有る滝沢先生の工房を訪問しました。
滝沢先生の作品は、以前から見せていただき、その美しさはあこがれるものでした。
50代後半の先生は、「油が乗り切った」という言葉がぴったりする仕事をなさっています。その仕事ぶりは、プロフィールを見ていただいても分かります。
日本を代表するきもの作家として、九州・沖縄サミット参加国の首脳夫人へ贈呈するきものを制作し、海外でのきもの発表や芸能人のきものも作っています。
先生の工房に着くと、そこは活気づいていました。
役者さんの舞台衣装の仮縫いや、新しいきものの創作をなさっていました。
部屋の天井やふすまは、先生が描いた絵で、すばらしく装っていました。
気さくな先生は、色んなお話をして下さいます。
先生は、 高名な加賀友禅作家「初代由水十久(
ゆ うす いとく )」に師事して、糸目友禅作家として、どのようなモチーフも大変上手にお描きになります。
動物も花も古典も、モダンもお得意です。
色使いは、「透明感が有る綺麗な色」使いです。「着た時に一番綺麗に見える色」というコンセプトで、着る人に合わせたきものを作って下さいます。
【これが、滝沢 晃だ】
私は、先生の素晴らしい作品を見ながら、ふと聞いてみました。
「先生、これが滝沢 晃だ!というものが有るとしたら、それは何でしょうか?」
もし先生が1つの事にこだわった作家さんだったら、こんな事はお聞きしなかったかもしれません。
あまりに器用にすばらしいものを沢山作っていらっしゃるので、特徴づけるものは何だろう?とふと思ったのです。
先生と、その場にいらした先生の工房の顧問さんや奥様が、「何でも出来るからねえ〜」とおっしゃいました。
それは良く分かるのです。でも「これが、滝沢 晃だ」というものが必要では?と私は思いました。
そうしたら、先生が暫くたってから、写真を出していらっしゃいました。
赤い振袖のきものの写真です。
「まああああ・・・・綺麗!!!!」
とっても美しい真っ赤なきものです。
女将:「これは何ですか?」
先生:
「これは、僕がヨーロッパに行った時に見た教会にかかっていたバラのステンドグラスをきものにしたんだよ。日本に帰ってから、家内に内緒で1年かかって作ったんだ。仕事が終わってからやるから大変だよ。(笑)」
女将:「えっ、どうして内緒なんですか?」
先生:「だって、こんなの作ったら生活できないよ。」
女将:「生活できないって、どうしてですか?」
先生:「家内に見つかったら取り上げられるさ (笑)」
つまり、それは先生が創りたくて創った作品で、大変緻密な糸目友禅なので、「割りに合わない」作品なのです。
私は、このきものの見事さに驚きました。
実際のきものはどんなに素晴らしいでしょう。
沢山の赤いバラの大輪がステンドグラスとなって、肩から裾まで変化しながら描かれて、裾には、綺麗なブルーが刺されています。
うっとりしてしまう美しさです。
ちなみに、このきものは、その後の私のきもの生活の中を通しても、一番見事なものです。
私は、「このきものを、また作っていただくことは出来ますか?」とお聞きしました。
「それは出来ない。」と先生ははっきり言われました。
「どうしてですか?」
「もちろん、作れない訳ではないさ。でもね、これだけのものを作るには、工房の他の仕事をストップして全力でやらなければいけないんだ。
もし、それをやれば、他の仕事が来なくなる。例え、1000万円もらっても割りにあわないよ。だから、もう作れないんだ。」
「どうしても駄目ですか?」
「どうしても駄目だね。」
先生が作ったこのきものは、現在、若い有名な男優さんが舞台でお気に入りのきものとして使用なさっています。
美形のその男優さんは、衣装にこだわり、先生のきものを愛用されています。
男優さんの了解を得たりする必要も有って、そのきものの写真を公開することは出来ません。とても残念です。
私は、素晴らしいと言われるきものを見せていただく機会が多いですが、理屈を超えた感性を大きく揺り動かす作品は、それほど多くないです。
滝沢先生の「赤いバラのステンドグラスのきもの」は、まぶしいような美しいきものです。奥様に隠れてまで作りたかった先生の情熱と技の全てが詰められていると思います |