美しき日本に生まれて 通子さん ２５歳
着物に囲まれて育ち、早くから良いものに触れたことで、私の日本美への感性は自然
と研ぎ澄まされていったように思う。
同時に、日本人としての誇りも持てるようになった。
大げさな言い方だけれど、要は着物を文化以前に身近なものと感じることで、早くに
日本のすばらしい文化に目覚めることができたことは、幸いなことであった。
これまでの二十数年を振りかえり、ミュージカルや絵画など西洋の文化に浮気したこ
ともあったけれど、結局は日本の中に回帰した。
外の世界を 知れば知るほど、我が生まれた国の歴史ある文化のすばらしさに気づくからだ。現代は、過去の歴史的文化と断絶して、淀みなき水の流れのような生活文化の継承が
なされていないことが多い。
だから、日本の暮らしに合った 着物スタイルの継承がなされていないのだろう。
手本とすべきものを失い、私のように実体験で着物とは、日本的文化とは、何ぞやとを知るチャンスさえ持たない、そんな人たちがいる。
比べればどれだけ、私が恵まれた環境に育ったことか。
しかし、昔は、それを貴重ともありがたいとも思わずにいた。罰当たりな話
ある。
着物を着るのが大好きで、６歳の６月からの稽古始に、着物が着られるというだけの不純な動機で、日本舞踊を選んだほどだ。
そのころ、私にとって着物は、どんなものも身近であり、それでいて、意外と非日常的なものでありつづけた。
もちろん自分で られるわけではないし、そうなるとお稽古以外では、祝事や正月など、特別なときにしか、着せてもらえないものだった。
記憶のなかで、もっとも古い自分の着物選びは、７歳の祝着だった。
ピンクに鴛鴦、 クリーム地に宝尽くし。どちらかを選ぶよう言われて、私が迷わず選んだのは、後者のほうだった。
理由は至って簡単、人と同じではないものを着たかったから。あまりにたくさんの着物を見なれてしまったせいだろう、赤だのピンクだの子供らしいかわいい、誰でも着るようなオーソドックスな着物に魅力は感じなくなっていたのだ。
そんな末恐ろしい（？）子供が、大人になってようやく着物は特別なものではない、
自然に着られるものであることに気がついた。そうなるともう誰にも止められない。
着物を日常着とする幸せな生活へと突き進んでいくしかない。
着物をただひたすら好きなだけだが、年経るとともに、着物には大きく分けて二種類
あることが分かってくる。
ハレの礼装とケの普段着。これらを使い分けてこそ、真の着物道楽と言える。
今やこれが道楽だけれど、着物が日常着だった時代には当たり前
だったことのはず。
日本人として生まれた以上、いかに生活が西洋化されようとも、本質的精神的部分までは失いたくないものだ。
現在、私は望みがかなって、日常的に着物を着る生活を送っている。
着物は着れば着るほど その良さが分かるものだ。
着なれると身体に自然となじみ、これほど快適な衣服はないと思う。
伝統工芸品級の着物は、もちろん着心地も良く、財産にもなるけれど、毎日そんなものを着ているわけにはいかない。
そこで、親のお古を縫い直して、数を増やしているけれど、そういうことができるところが、着物の利点であることは言うまでもないことだろう。
着物を滅多に着ない人の多くは、口をそろえて、着ていく所がないと言う。
しかし、私は、「着て行く場所がない」 わけではなく、「着て行く場所によって、着る物を変える」ものだと思っている。
洋服でもＴＰＯがあるように、着物だって、ＴＰＯに応じて、カジュアルからフォー
マルまで、着替えることができるのだから。
ただし、それだけの着物を持っていない人が多いのも事実。
呉服屋の責任とも言われるけれど、洋服のほかに着物をそろえるというのは、一般の消費者にとって難しいことだと思
う。
それでも、声を大にして、言いたい。着物は、ＴＰＯさえわきまえていれば、どんなところにだって着て行かれるものなのだと。
若いお嬢さんが、ミニ浴衣でパラパラを踊るように、柔軟に考えて、普段着の着物を
楽しむのもいいだろう。 私のように、長襦袢や肌襦袢、羽裏など、見えないところに凝るおしゃれを楽しむのもいいだろう。
着物にルールがあるのは、セレモニーの礼装、ハレの衣装だけ。
それ以外は、昔の人だって、大胆な着こなしを楽しんでいたはずだから。
日本の伝統美とか文化とか、言葉で言うのは容易いけれど、理屈や学問では分かり得ないことがたくさんある。
それは、精神的、気候的風土がもたらしてくれるもの。生身の体で覚えるしかないことなのだ。
美しい日本の四季を五感で感じて、想像力を膨らませることで、豊かな文化が育まれ、受け継がれていく。
着物も、そんな日本文化のなかのひとつの構成要素。
なくても困らないかもしれないけど、あれば生活に潤いができる。
毎日着なくてもいいけど、どこへでも臆せず着物を着て行かれる人が増えたら、どんなにいいことだろう。
単なる懐古趣味のブームに終わらず、着物を通じて日本文化の良さを再認識してもら
いたい。 日本人として、世界にはばたいたときに、恥ずかしくないように。
生まれながらにして着物と深い縁で結ばれた私が、着物に恩返しできることがあると
したら、かのものがもたらす日本的美しさを
自分のなかに留めつづけることだろう。
そして、着物を着る日本古来の文化的美しさ、奥深さを体現できる芸能者となれるよう、おこがましくも、願っている。
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